オープンイノベーションの本質を学べる「ワイドレンズ」

一生勉強

IT技術、通信技術の進歩によって世の中の製品やサービスは複雑になり、顧客から見ると選択肢が広がり、そのことによって顧客の多様性が企業を悩まします。このような状況で一企業単独では競争に勝ち残れなくなっており、まさに事業のエコシステム、オープンイノベーションへの変革が必須になっています。

 

作品紹介

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題 名 : ワイドレンズ

著 者 : ロン・アドナー

訳 者 : 清水勝彦

出版社 : 東洋経済新報社

 

ワイドレンズの解説

ワイドレンズという言葉は、本書では広い視野という意味で使われています。

イノベーションへの期待が膨らむ反面、一企業単独でのイノベーションが難しくなってきており、協業、協働が不可欠になっている現実を見るところから始まります。

複数のパートナーによって顧客満足を完成させるのがイノベーションの「エコシステム」であり、このイノベーションのエコシステムを考えたときに、自社だけが頑張っても失敗してしまう隠された罠があるのだというのが、この本の出発点です。

本書ではオープンイノベーションという言葉は使われていないのですが、その代わりにエコシステムという言葉を使っているのだと思います。

冒頭で、ミシュランのランフラットタイヤ、PAXシステムがタイヤの世界での大革命と言われながら失敗してしまった事例の説明があります。

 

 

パンクをしても、その後200Km程度走行できるので、パンクしてすぐにタイヤ交換などをする必要がなく、その後時間のあるときに修理することができるようになることで、スペアタイヤの必要がなくなり、かつ路上でジャッキを使って一般の人がタイヤ交換するようなことも不要になるという一大革命と期待されていましたが、タイヤメーカー、自動車メーカー、ホイールメーカーを巻き込んで準備を進めていざ発売してみると、一旦パンクしたランフラットタイヤという特殊なタイヤを修理できる工場が存在しないことで、ユーザーはタイヤを修理することが出来ず、結果、買い替える必要に迫られ大クレームとなったという話です。

この事例では、タイヤに関わるイノベーションとして、自動車そのもの、ホイールと、さらには修理するための設備や熟練工までエコシステムと捉え、エコシステム全体を揃えないと、顧客に対してイノベーションの価値を提供できないということを学ぶことができます。

筆者は、エコシステムに含まれるリスクが2つあると言っています。

  • コーイノベーション・リスク
    自身のイノベーションの商業的成功が他のイノベーションの商業化に依存するリスク
  • アダプテーション・リスク
    すべてのパートナーがイノベーションを受け入れなければ、顧客が最終価値提供を評価することすらできないリスク

 

コーイノベーション・リスクの事例と対応方法

コーイノベーション・リスクの事例として2つの教訓が示されています。

ノキアの3G携帯電話

ノキアは3G規格の策定にも関与し、1990年代から3G携帯の開発に着手し、2002年に他社に先駆けてノキア6650を発売する。しかし、2000年当初、2002年には3億台の携帯電話がモバイルインターネットに接続されるという予想は、6年遅れることになり、この3G携帯は400ドルの2G携帯となってしまった。

フィリップスのHDTV

1980年代にフィリップスはHDTVの開発で先行し、見事に開発に成功したが、ビジネスとしては失敗に終わり、25億ドルの除却損を計上するに至った。問題は、高解像度カメラと高画質画像の伝送規格の開発が遅れたことだった。

コーイノベーション・リスクで最も重要なことは、やれるかどうかではなく、いつやれるかだ、ということです。

顧客に真の価値を提供するのがいつになるかというタイミングを読み解くことがコーイノベーション・リスクを克服する方法だということです。

 

アダプテーション・リスク

冒頭のミシュランPAXシステムの失敗は、まさにアダプテーション・リスクに嵌ってしまった事例でした。

イノベーターとエンドユーザーの間にいるステークホルダーが、イノベーションに賛同しないことによって、エンドユーザーに価値が届かないということがこのリスクです。

アダプテーション・リスクを克服して成功した事例として、ハリウッド映画のデジタル化が紹介されていました。

アナログのフィルムから、DLPプロジェクターを使った映画のデジタル化はハリウッド映画界でも待望のイノベーションであったのに、実態はなかなか進みませんでした。

原因は、デジタル化のシステムを映画館が導入するための費用です。

すべての事業者にメリットがあるはずと思っていましたが、映画館にとっては設備導入のコストが長い目で見てペイするものであっても、現実に支払いをすることは出来なかったということで、この問題を解決したのが、VPF(バーチャル・プリント・フィー)という金融システムだったということです。

デジタルインテグレーターという新たな仲介者を設定し、映画スタジオがそこに助成金を出して、インテグレーターが映画館の設備導入資金を支払い、映画館からリース料を受け取るというモデルを作ることで、映画界のデジタル化を促進することができたという事例です。

 

エコシステムの全体像を設計する価値

エコシステムの全体像を設計し、全体像の中のポジションをしっかりと認識することが勝者になるためには必要なことであることを電子書籍におけるソニーとKindleの事例で説明しています。

 

 

今では電子書籍は当たり前のように普及していますが、著作権の問題、出版社や著者というステークホルダーの懸念事項などがあって、歴史的には紆余曲折がありましたが、書籍リーダーというハードウェアの開発に注力したソニーは結果的に成功することが出来ずに、著者、出版社、販売方法などのエコシステム全体を捉えたKindleが勝者になりました。

メーカー企業にありがちな、ハードウェア重視に警鐘を鳴らしている事例かもしれません。

 

先行者が有利とは限らない

アップルのiPodの事例で、イノベーションはエコシステムを考慮した上でのタイミングが重要であることが説明されています。

外出先で音楽を楽しむイノベーションは、ソニーのウォークマンからCDプレイヤー、MP3プレイヤーと進化していきましたが、装置の進化という意味ではMP3プレイヤーはiPodよりも早く市場に投入されていました。

しかし、スティーブ・ジョブズは、MP3プレイヤーが顧客にとって本当に価値のあるものになるためには、MP3ファイルそのものの普及と、MP3を流通させるためのプラットフォーム(のちのiTunes)とブロードバンド(十分な通信速度)が揃っている必要があることを理解していたのかもしれません。

満を持して先行するMP3プレイヤーを販売する事業者を尻目に、後発でありながらあっという間に市場を席捲していったわけです。

顧客にとってエコシステムがいかに重要かがわかる事例です。

 

エコシステムを再構築する

現時点(2021年)では、電気自動車も徐々に普及していて、あちこちに充電スポットも出来ていますが、電気自動車は技術的には早くから完成していたものの、普及には様々な障害がありました。

電気自動車のエコシステムの観点から、顧客価値をすべて提供するための懸念点が6つ挙げられています。

  • 高価な買取価格
  • 走行距離の制約
  • 充電スポットと充電時間
  • バッテリーの再販価格
  • 短距離専用化でメリット低減
  • 電力網の容量

このようなエコシステムの課題を解決するためには、エコシステムを再構築する必要があります。

ベタープレイス社というイスラエルのベンチャー企業の提案が、エコシステムの再構築法の例を示してくれます。

 

 

ベタープレイス社の提案は、自動車本体とバッテリーを分離し、バッテリーをベタープレイス社が保有するというモデルです。

バッテリーをエンドユーザーが保有しないことで、自動車の販売価格を下げ、バッテリーの充電状況をベタープレイス社が管理することが出来、同時充電によって電力網が破綻しないようコントロールが出来、バッテリーが無くなったらバッテリー交換スタンドでバッテリーごと変えてしまうことで、エンドユーザーに充電時間を待たせることがなくなるという顧客価値を提供できるエコシステムになります。

このようなエコシステムの再構築には以下のような5つのレバーを活用するということです。

  • 再配置(Relocate)
  • 結合(Combine)
  • 削除(Subtract)
  • 追加(Add)
  • 分離(Separate)

 

 

成功確率を上げるエコシステムのツールボックス

イノベーション・エコシステムの世界では、自社だけの能力では成功出来ません。

ワイドレンズのツールボックスを使うことで、成功確率を上げることが出来ます。

ステップ1

エコシステムによる価値設計図を作ることで、コーイノベーション・リスクとアダプテーション・リスクを明確にします。

クリアな設計図によって、協働における依存関係や問題の多い要素について予め学んでおくことが出来ます。

ステップ2

エコシステムの設計図から、自社のポジション、誰がリーダーかということや、リターン配分などを見ていきます。先行者は誰か、先行者のエコシステムなども明確化します。

ステップ2での重要ポイントは、もっとも有効な価値の提供タイミングを見つけることです。

ステップ3

5つのレバーを使ったエコシステムの再構築を行ったり、顧客にとって完全な価値が提供できるようにエコシステムにおける競合に対する優位性を確保します。

そのために、エコシステムの最良の提供順序などを考えておくことも重要になります。(例えば、最小限のエコシステム、段階的拡張、エコシステムの継承など)

 

その他の書籍紹介記事

「ザ・ゴール2」から学んだ思考プロセス

「クリティカルチェーン」から学んだプロジェクト管理

 

ワイドレンズからの学び

日本企業も自社単独では競争に勝ち残れない状況であることは認識され始めていて、オープンイノベーションへの取り組みも盛んになっているものの、実態は掛け声は上がっているものの、なかなかうまく行っていないようです。

自社製品で単独で長い間成功してきた企業が、イノベーションのエコシステムをしっかりと理解し、コーイノベーション・リスクやアダプテーション・リスクを真に理解し、成功のための考え方、つまりワイドレンズ(広い視野)をものにする必要性を強く感じています。

どうしても自社製品を中心に見てしまう、自社製品の枠から出られない、ということを脱却するためには、この本で紹介されている成功事例、及び失敗事例から学んで、考え方を変えていくべきだと思っています。

しかしながら、組織全体としてワイドレンズの考え方を身につけ、組織プロセスに取り入れるのは簡単ではなく、ある程度ツールのようなものを活用する必要も感じています。

ワイドレンズで提供されたエコシステムのツールボックスも活用していきたいですが、考え方のステップだけではなく、フレームワークのようなものも有効ではないかと考えています。

弊社で提供している新たなマーケティングの考え方として注目されているジョブ理論を使ったフレームワークをワイドレンズの考え方と組み合わせてみたいと思っています。

顧客のやるべき仕事(ジョブ、Jobs To Be Done)をストーリーとして捉えることで、ジョブに対するソリューションから関連事業をマップ化して、エコシステムを発見していきます。

下記の記事も参照ください。

 

ジョブ理論を使って事業のエコシステムを捉えるオープンイノベーション
ジョブ理論のフレームワークを使って事業のエコシステムを構築し、エコシステムを作る企業連携、オープンイノベーションを推進する手順を事例を交えながら解説していきます。顧客の進化への欲求と生活の中で成すべきジョブのストーリーをつなげ、ソリューションマップからアイデアを出し、具現化するプロセスをお伝えします。

 

ジョブ理論を実践するためのフレームワークを教えます
新たなマーケティング手法であるジョブ理論(又はJobs to be done法)は、クリステンセン教授の書籍などによって紹介されており、考え方としては容易に理解ができるものの、フレームワークが定義されておらず実践方法で迷う場合があります。2種類のジョブ理論を解説し、目的に合わせたフレームワークを紹介します。

 

 

 

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